高校2年の初夏だった。
ぼくは、自転車で30分は通学の時間がかかるような田舎の高校に通っていた。
その日は「早朝登校」という、遅刻などの違反を行った生徒が課せられる罰則を受け、めちゃくちゃ朝早くに学校へ向かっていた。
悪しき伝統だ。
遅刻で一回怒られたんだから、追い打ちで朝早くに登校なんて、させなくてもいいじゃないか。
ぼくはすこしの苛立ちを寝ぼけた頭の中に押し込んで、ふらふらと自転車を漕いでいた。
学校の近くにある大きな坂を上り切った時、横目に田舎の風景に似つかわしくないビビッドな赤と白のしましま模様が映りこんだ。
ん?
と思い、自転車を降り、赤と白のしましま模様に近づいた。
あ。
TENGAだ!!!!
※TENGAとは?
…男性器を癒すことを目的に作られた性玩具。芸人ケンドーコバヤシをして「神の穴」と評価されるハイクオリティシコリティホール。
「わー!早起きしてよかった!」
と、眠たい頭を吹き飛ばすほどの歓喜が全身から溢れ出た。
使用済みだったらいやなのでTENGAの中身のプルプルした部分を捨てて、ホクホク顔でスクールバッグに忍び込ませた。
…
教室には一番乗りだった。
朝早い時間であったため、教室は涼しく、過ごしやすい気温だった。
静かな教室は異質な雰囲気を醸し出していた。
そこに、もうひとつ、異質を付け足した。
そう、TENGAだ。
教壇の端っこに、そっと、TENGAを置く。
静かな教室。
椅子と机の木のにおい。
白く輝く入道雲。
ぼくは芸術作品を作り上げたかのような満足感を得て、恍惚とした表情で教室の後ろからその光景を眺める。
ホームルーム間近になり、同級生たちはソワソワと二人組を作っては、TENGAの前に立ち、ヒソヒソ話をする。
二人組が終わったら、少ししてまた別の二人組が来る。
ぼくは男子クラスに所属していたのだが、やはり彼らも16,7歳。
性玩具に対して反応することは恥ずかしいのか、大きな反応は見せないが、興味津々にそれぞれが独自の考察を述べている。
「なぜここに、TENGAがあるのか。」
「先生が置き忘れていったのか。うちの教師陣の中に教室でTENGAを使用するド変態がいるのか。」
「生徒でTENGAを買ったが、気恥ずかしくなりここに捨ててしまった者がいたのか。」
ぼくはそんな考察に聞き耳を立てながら、決して「ぼくが持ってきたんだ」と言わず、彼らの背中を眺める。
それが、何よりも快感に思えた。
ぼくは教室に謎を仕掛けたゲームマスターであり、ちいさな探偵くんたちとの掛け合いを楽しんでいる…そんな妄想にふけっていた。
HRが始まり、若い男性の担任が入ってくる。
すぐにTENGAが撤収されて、ぼくのひと夏の冒険が終わりを迎えてしまうと思った。
しかし、担任は「おっ…。」と声を発し、一瞬固まったのち、見て見ぬふりをし、「期末テストに向けての勉強を計画的に進めていくように」といった旨を伝え、教室を去ってしまった。
そうなのだ。
担任も注意しずらいのだ。
エロ本とかだったらわかりやすく指定有害図書で撤去することが出来る。
しかし、TENGAに関しては
「教師としてTENGAを知っている自分を生徒にさらしていいのか。」
「健全な男子高校生のオナニーを止める理由はないよな。」
「いやでもなぜ教室にあるねん。」
と教師を混乱の渦に叩き込み、思考を停止させるようだ。
その後もTENGAに対して、教鞭をとる先生方は一様な反応を見せた。
物理や数学、国語の授業の時間も堂々と黒板の前の教壇に鎮座するTENGA。
その光景は夢を見ているかのようだった。
唯一初老の英語教師が小テスト中にTENGAを手に取って「あれま…。」と声を出した。
彼の「あれま…。」にはどんな感情が込められていたのか。
ぼくは知らない。
誰もいなくなった放課後の教室、TENGAを再びスクールバッグに入れ、下校した。
今日はなんだかいい日だった。
そんな思い出を作ってくれたTENGAは
今も実家のスチールラックに飾ってある。