小学校4年の初夏。
ちょうど、今日の空のように入道雲がもくもくと浮かんでいた気がする。
ぼくは田舎のおばあちゃんと海に来ていた。
おばあちゃんが生け花に使うきれいな貝殻を探しに来ていたのだった。
おばあちゃんと過ごす時間は本当に楽しかった。きれいな桜貝を一生懸命探していた。
おばあちゃんも、途中からハッスルし始めていた。きれいな貝殻をもったヤドカリを引っこ抜いたりしていた。無慈悲だ。
ハッスルおばあちゃんがヤドカリをちぎっては投げ、ちぎっては投げをしている間、ぼくは海面に不審な影を見た。
近くで見る。
毛ガニだ。
毛ガニが、いる。
なぜ?どうしてここに?生きた毛ガニが?
頭の中がぐるぐると回る。
混沌となった頭の中をしり目に、僕の取った行動はとてもシンプルだった。
手を伸ばし、捕まえた。
毛ガニはチクチクとしていて、かたい。
逃げようと必死にぼくの指を挟んでくる。
生きている。
まさしくぼくの目の前で、毛ガニは生を全うとしている。
初めて生物を目の当たりにしたかのような感動。
毛ガニをつかんだ瞬間、明らかにぼくの生も生まれた。キラキラした水面、潮のにおい、真っ白な太陽が、この世に生を受けたぼくを祝福している。
ヤドカリを相変わらず引っこ抜いているおばあちゃんを横目に、ぼくは一目散に帰った。毛ガニを携えて。
Tシャツにくるんだ毛ガニをバケツに放り込み、ベランダで観察する。
見紛うことなく、毛ガニだ。
煮干しを与えると、食べはしなかったが、なんだかニコニコしているように見えた。
ぼくはこの毛ガニと共に、夏を過ごそう。
大きくなって自分の身長と同じくらいになった毛ガニに乗って、始業式に向かおう。そう考えていた。
まあ翌日普通に毛ガニは死んでた。
食べればよかった。
おばあちゃんの生け花はすこし、生臭くなっていた。