食べよう、犬用クッキー
僕は犬用クッキーを、食べていた。
あ、待って。今はちがう。ちがうから、ひかないで。
幼少期だから。
当時食べていた犬用クッキーは
しっとりとしてサクサク、やさしい甘みの中に少々の獣臭さを感じる
ワイルドさと優しさを兼ね備えた、理想の彼氏のような存在だった。
ぼくは、犬用クッキーの世界にどっぷりとハマっていった。
我が家の愛犬チョコちゃん(♀)と一緒に母親の前におすわりしていたあの日々が、
キラキラしていたあの日々が妙に懐かしく思える
チョコちゃんが犬用クッキーをもらっている姿を妬ましく感じていた
「ぼくだって、おすわりや、ふせ、おかわりだってできるし、トイレを間違えたことは一度もない・・・」
愛犬のミニチュアダックスフントに嫉妬をする。
どんなに愛しい存在でも場合によっては憎い敵となりうると知った。
そんな経験はいまも強い糧になっている。
チョコちゃんと犬用クッキーを一緒に食べているときは不思議な友情が芽生えていた
「これ、おいしいよね」
「うん、おいしい。人間もそうなの?」
「うん、ほんのり甘くておいしいよ。チョコもこれがすき?」
「んー、犬的にはごっつ甘いよ。ペティグリーチャムの次に好き。あれむっちゃうまくない?」
「えー、僕、あれ嫌い。犬臭いじゃん」
「・・・」
そんな会話をしていた気がする
僕が犬用クッキーの袋を手に持つとき、チョコちゃんは「お!?おやつか!?」とめちゃくちゃ近寄ってくる
そこでひとつ、クッキーをつまみ、おもむろに自分の口に運んだ時
その瞬間のチョコちゃんが見せる驚愕の表情が、好きだった
相当深みのある人生を歩んでこないとできない、驚愕と哀愁が入り混じったあの顔。
当時3歳のチョコちゃんが見せるあの表情。
ぜひとも皆さんにもご覧になってもらいたい。
ともあれ、愛犬とけんかするほど僕は犬用クッキーを好んで食べていた。
好き度で言えば、アルフォート以上、ルマンド未満をマークする程度に愛していた。
熱狂的なファンといえる。
しかし、突如、犬用クッキーを食べていたときに
じんましんが出て、食べるのをやめた。
アダムとイブがりんごを食べて、知恵を得たのと同じように
僕は犬用クッキーを食べ、じんましんと常識を得た。
「犬用クッキーは、人間が食べるものじゃないな・・・。」
それから、犬用クッキーを食べていた過去と決別をして、ステラおばさんのクッキーを食べている。
ステラおばさんは、犬用クッキーに育てられた野生児であるぼくを暖かく包み込み、正常な味覚へと導いてくれた。
ありがとう、ステラおばさん。