わたしの母には彼氏がいる。
50を超えた母に彼氏がいることに疑問を感じるが、まあ、それはいいだろうと思う。
大学生の時、その母の彼氏の家にまぬかれたことがある。
母の彼氏の家は地元ではなかなかのお金持ちらしい。
わたしと私の姉、母の三人で母の彼氏の家へと向かったのだった。
・いざ鎌倉。
母の彼氏の家の前についた瞬間に目を見張った。
母の彼氏の家はミカン畑を抜けた自然豊かな場所にポツリと建っている。
ミカン畑には似つかないモダンな真っ白な建物。
そして車庫にはベンツ、BMW、そして、アルファロメオ・・・。
私の予想を超えて、金持ちなようだ。
驚愕して車の前で立ち尽くしていると、一人の男性が玄関から現れた。そう、母の彼氏だ。
すらりとした背の高い肢体、白いパンツにフェラガモのベルトがきらりと光っている徳光和夫を彷彿とさせる初老の男性。それが母の彼氏だ。
※参考画像
和夫「こんばんわ。しゅうとくん。この車、エンジン音が良くてね・・。聞いてみる?」
わたしの返事を待たず、母の彼氏こと和夫はアルファロメオの運転席に入りエンジンを空吹かしさせた。
ミカン畑を覆う灰色の空へ、アルファロメオのエンジン音が染みこんでゆく。
(今日は、とんでもないことになりそうだ)
わたしの予感が確信に変わるには時間はそうかからなかった。
家の中にお邪魔をし、2階へと通された。
部屋の中は、案の定広かった。
広い窓からは午後の日差しが差し込み、床に敷かれた熊の毛皮は眩しそうに眼を閉じていた・・・。
・・・ちょっとまて、熊の毛皮があるのか。この家は。
ちょっとそれはやりすぎだろう、母の彼氏よ。お金持ちが過ぎるぞ・・・。
???「いらっしゃいませ、どうぞくつろいでいってくださいね」
熊の毛皮に気を取られていた私は振り返った。
しゃれたダイニングキッチンの奥には、篠田麻里子がいた。
本当に篠田麻里子がいるかと思った。
ショートカットの目鼻立ちの美しい彼女は、母の彼氏の娘さんだという、私と私の姉よりも、年上だ。
母の彼氏の娘さんはもう一人いて、すぐに表れた。
先ほどの篠田麻里子の姉だという彼女は、なんというか、大島優子っぽかった。
母よ、いい彼氏をよくぞ作ってくれた・・・。
そこに徳光和夫こと母の彼氏がやってきてベランダに出ようと私を誘った。
この家のクオリティから見て、こっそり金塊でもくれるのかと思ったがそうではなかったらしい、下を見ろとのことだ。
バラ園があった。
パターゴルフくらいなら難なくできるであろう敷地面積に、バラのアーチが飾られていた。もうここまで来ると想像を超える。
確定申告とかどんな感じで行っているのかがむしろ気になってくるレベルであった。
もう頭がクラクラしてきている。
頭の中ではすでにマカオにマンションを買ってもらっている自分が金色のネックレスをつけて葉巻に火をつけている。
言葉を失っていると篠田麻里子から声をかけられた。どうやらやっと、お茶会が始まるらしい。
席に着席すると、母の彼氏がいそいそとレコードをいじりだした。
なんでこの家、レコードなんかあるんだよと思っていたらBGMが鳴り始めた。
うわあ・・・ジャズピアノが流れ始めた・・・。
(はっは~ぁぁん、なるほどなるほ、ど、ねぇ・・・。あちゃ~まじか~。全部やるなぁ~・・・。)頭の中の私は、引きに引いている
ビル・エヴァンスが奏でる軽快なジャズピアノは、夕暮れに染まりかけた部屋に、一抹の緊張感をもたらした。
横たわった熊の毛皮が、ウインクしたような、気がした・・・。
戦争が、始まる。
→つづく