「山内」と呼ばれたい。
私のファーストネームは非常にキャッチ―でキュートな名前であるが故、女性からも下の名前で呼ばれることが多い。
それゆえか名字で呼び捨てにされることにあこがれている。
中学時代、髪は天パだし、背は小さいし、乳輪はデカい、それでいてクラスの女子が水泳で休もうものなら授業そっちのけで「風邪ひいてたっけェ?もしかして、ズル休みなァんじゃァん???」と聞きまくっていたためか、女子に嫌われまくっていた。
それはもう、アスファルトをのた打ち回るミミズを見るような目で見られていた。(そしてそれは私の性癖を決定づけた)
そのため、中学時代の私は下の名前で呼ばれるようなことはほとんど無かった。
おそらく、女子に名字で呼ばれていたのは中学の三年間だけであろう。
しかし、だからこそ、私は今、名字で呼ばれることによって「中学時代の甘酸っぱい想い出」の香りを感じてしまうのだった。
「山内」・・・そう呼ばれるだけで私の脳裏には煌めく青空に浮かぶ大きな入道雲が浮かぶ。
「山内」・・・そう呼ばれるだけで私は春先のピロティの肌寒さを感じる
「山内」・・・そう呼ばれるだけで私の鼻腔に夕暮れに染まる放課後の誰もいない教室の匂いを感じる。
「山内」・・・そう呼ばれるだけで私の瞼の裏には私の身体的特徴をなじっていた女子の黄色いパンティが焼付く。
おお、山内、山内・・・。
「山内くん」・・・それではだめなのだ。あまりにも存在の距離が遠すぎる。関係性が感じられない。地元感がほしい。
「しゅうとくん」・・・それもダメだ。ありきたりすぎる。姉の友達を想起させ、身体中の筋肉がこわばる。
「しゅうと」・・・なんで呼び捨てなんだ。なれなれしい奴だ。
「山内」・・・そう!!それ!!それ好きぃ!だいすき!わーーーー!!!
しかし、地元の友達が一人もいなくなってしまった今、私の事を名字で呼ぶ女子はもうこの世にいないのだった。
同窓会に呼んでくれ、だれか。